日本が生んだ夭折の天才作曲家、滝廉太郎の絶対に押さえるべき代表曲8選

滝廉太郎の有名曲ランキング【ベスト8】

明治期に活躍した日本における西洋音楽のパイオニア、滝廉太郎。

その生涯は23年と短く、現在はっきりと存在が確認されている作品は34曲と決して多くはありませんが、日本人の音楽家では2人目となるヨーロッパ留学生として本場で音楽を学び、日本における西洋音楽の礎を築きました。

ニャンチーニ教授

ということで、今回は日本における西洋音楽の先駆者、滝廉太郎の代表曲を8曲厳選して紹介していくぞ
どれも日本人なら一度は聴いておきたい曲ばかりですよ!

クラーニャ

1曲目:荒城の月

Rentaro Taki (1879-1903) / Kojo no Tsuki 瀧廉太郎/荒城の月 (Overdub)

クラーニャ

大ヒットした映画『ラ・ラ・ランド』でジャパニーズ・フォークソングとして使われた、日本を代表する曲ですね

曲の解説
明治34年(1901年)に作曲された歌曲で、日本的な七五調の歌詞に、西洋音楽のメロディが付けられています。

滝が作曲したオリジナル版は伴奏の無い歌曲でしたが、彼の死後に山田耕筰によってピアノ伴奏が付けられ、メロディーが一部改変されました。

山田耕筰
山田耕筰は日本初の管弦楽団を造るなど、日本において西洋音楽の普及に努めた指揮者・作曲家。日本人で初めて交響曲を作り、管弦楽を日本に広めた。

ハンガリー民謡の音階(ジプシー音階)と似ており、混同を避けるために改変を行ったようです。依頼を出したのはヨーロッパで活躍していたオペラ歌手の三浦環で、彼女は自身の経験からその方が良いと判断したようです。

普段私達が耳にする《荒城の月》は山田耕筰が編曲したものです。

三浦環
三浦環は日本で初めて国際的な名声をつかんだオペラ歌手。特にはまり役だったのが《蝶々夫人》の「蝶々さん」で、プッチーニ本人からこの役に最もふさわしいソプラノ歌手として賞賛されたほどだった。
三浦は学生時代、滝からピアノを学んでいる。

2曲目:花

Rentaro Taki (1879-1903) / Hana 瀧廉太郎/花 (Overdub)

ニャンチーニ教授

隅田川の情景をうたった合唱コンクールの定番曲じゃな

曲の解説
明治33年(1900年)に出版された《歌曲集『四季』》の第1曲として作曲された唱歌です。

歌詞は「春のうららの隅田川」で始まり、当時隅田川で盛んだった漕艇の様子など、春の隅田川の情景が歌われています。

四季には他に、第2曲『納涼』、第3曲『月』、第4曲『雪』がありますが、こちらはあまり歌われていません。

3曲目:お正月

お正月

クラーニャ

お正月の定番曲ですね。この曲は全国で最も替え歌が歌われている歌曲だそうですよ

曲の解説
明治34年(1901年)に出版された「幼稚園唱歌」に収められていた唱歌です。

歌詞は子供たちが正月の到来を待ち望む内容で、1番は凧とコマが登場する男の子向けの歌詞で、2番は手まりと羽根突きが登場する女の子向けの歌詞になっています。

4曲目:箱根八里

Rentaro Taki (1879-1903) / Hakone-Hachiri 瀧廉太郎/箱根八里 (Overdub)

ニャンチーニ教授

箱根越えの険しさをうたった唱歌じゃ

曲の解説
明治34年(1901年)に発行された「中学唱歌」で初めて世に出た唱歌です。昔と今の箱根越えの険しさを歌っています。

題名の箱根八里とは、旧東海道で小田原宿から箱根宿までの四里と、箱根宿から三島宿までの四里をあわせたものです。

箱根は「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と唄われ、大井川とともに昔から難所として知られていました。

歌詞には箱根越えの険しさを表現するために、「函谷関」や「蜀の桟道」など、中国の故事に登場する難所が例えとして用いられています。

5曲目:雪やこんこん

雪やこんこん

クラーニャ

童謡《雪》と似ているけど、違う曲ですよ

曲の解説
明治34年(1901年)に出版された「幼稚園唱歌」に収められていた唱歌です。

歌詞は雪の降る様子と、積もった雪で子供が遊ぶ内容です。

「雪やこんこ、霰(あられ)やこんこ」で始まる童謡《雪》と似ていますが、《雪やこんこん》は始まりが「雪やこんこん、霰(あられ)やこんこん」なので微妙に歌詞が違います。

《雪やこんこん》は童謡《雪》より10年ほど早く作曲されているので、《雪》が《雪やこんこん》に影響された可能性が大きいと考えられます。

6曲目:鳩ぽっぽ

鳩ぽっぽ

ニャンチーニ教授

童謡《鳩》と似ておるが、別の曲じゃ。こっちのほうが先に作曲されたぞ

曲の解説
先に紹介した曲と同様、明治34年(1901年)に出版された「幼稚園唱歌」に収められていました。

歌詞は鳩に豆をやろうとする子供の視点を描いています。

「♪ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ…」で始まる童謡《鳩》と混同しがちですが、2つは別の曲です。

7曲目:メヌエット ロ短調

メヌエット Menuetto

ニャンチーニ教授

滝が初めて作ったピアノ曲じゃ。日本で初めて作曲されたピアノ曲でもあるのじゃぞ

曲の解説
明治33年(1900年)に作曲されたピアノ曲です。

この曲は日本で初めて作曲されたピアノ曲として知られています。

曲の完成度は高くないのですが、歴史的に価値が高い作品といえます。

4曲目:憾(うらみ)

Rentaro Taki (1879-1903) / Urami 瀧廉太郎/憾

クラーニャ

滝さんが亡くなる数ヶ月前に作曲したピアノ曲です。もっと長生きしていれば、この曲以上のピアノ曲がいくつも生まれたのかな?

曲の解説
明治36年(1903年)、死の数ヶ月前に作曲されたピアノ曲です。

この曲は3年前に作曲された《メヌエット ロ短調》と共に、滝が作曲したほぼ唯一の器楽作品になりました。

「憾(うらみ)」とは、憎しみの気持ちのことではなく、心残りや未練、無念といった気持ちのことです。

この曲の自筆譜の余白には「Doctor!Doctor!」と走り書きがあったとされており、自身の若すぎる死を控えた「憾」の表れと考えられています。